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垂井町PRトラックについてABOUT

垂井町PRトラック

このPRトラックは、町内の運送会社さんと、町内在住のデザイナーさんのタッグによって完成しました。
車体に描かれているキャラクターたちは、垂井を代表する人や、歴史、自然、祭りなどをあらわしていて、トラックを見た人たちが「何だろう?」と思って興味をいだいていただくのが目的です。
キャラクターをクリックすれば、それぞれの説明をみることができ、垂井の良さをさらに知っていただけます。

登場する人たちPEOPLE

01. 垂井曳やままつりHIKIYAMA MATSURI

曳やま:県指定重要有形民俗文化財 子供歌舞伎:町指定無形文化財 毎年5月2日から5月4日に行われる八重垣神社のお祭りで、由来は、文永2年(1352)後光厳天皇が垂井へ難をのがれられたとき、そのつれづれを慰めようと村人たちが曳やま3輌を造って引廻したのが始めであるとされています。その後、やまの改造を重ね今日のような精工優雅な漆塗りに蒔絵、名工による彫刻、金具などを施した豪華な曳やまを完成したものです。案永年間(1772~1780)になって舞台を作り、子供の歌舞伎狂言を演ずるようになりました。振付師の指導のもと、小学生男児が演じる子供歌舞伎は、多くの観光客を魅了しています。

02. 相川こいのぼり一斉遊泳KOINOBORI

樹齢50年以上のソメイヨシノがおよそ200本、相川沿いに咲き乱れるなか、3月下旬から5月上旬頃まで町内外から寄付して頂いた約350匹の鯉のぼりが泳ぎます。
桜と冠雪の伊吹山、そしてこいのぼりの群れが元気に泳ぐ景色が一緒に見られるのは垂井町ならではです。

03. 竹中半兵衛TAKENAKA HANBEI

豊臣秀吉の軍師としてその名も高い竹中半兵衛は、本名を重治。通称は半兵衛と称し、美濃国大御堂城主(現・揖斐郡大野町公郷)竹中重元の子として、天文13年(1544)に生まれたといわれています。美濃の国主・斎藤氏に仕えたのち、豊臣秀吉から三顧の礼をもって参謀に迎えられました。半兵衛は、民衆思いの武将としても知られ、三木城攻略時でも、城の調略に力をいれ、補給路を断つ兵糧攻めを行い、戦わずして勝つことを第一としました。
戦により被害を受けた村人のために、田畑を村人の共有地として使えるように残すなど遺言したとされ、敵地であった三木(兵庫県三木市)の人々に今も手厚く祀られています。

04. いぶき祭りIBUKI MATSURI

毎年4月第2日曜日に行われ、伊富岐神社に神楽が奉納されます。
この神楽は、天明七年(1787)がはじまりと言われ、五穀豊穣と安全を祈願して11種目の舞が奉納されます。

05. 表佐太鼓踊りOSA TAIKO ODORI

県指定無形民俗文化財
毎年10月の第1日曜日に行われているお祭りです。江戸時代初期、美濃中山の水神さんに雨乞いをし、願いがかなったお礼に太鼓、鉦鼓を鳴らして感謝したのが起こりです。後に五穀豊穣の喜びを奉納するようになり、次第に農民の娯楽や若者の鍛錬のためとなって年々太鼓の大きさを競い合い、現在に至っています。直径は1メートルから1.3メートル。重さが50キログラムから60キログラムあるこの大太鼓を腹につけ、音頭に合わせ踊りながら打つ様は実に勇壮です。

06. 中山道垂井宿まつりTARUI-SHUKU MATSURI

江戸時代の末期、孝明天皇の妹・和宮が14代将軍徳川家茂へ嫁入りするための花嫁行列を再現したイベントです。輿に乗った和宮と女官役・子姫・腰元・警護侍、総勢91名の大行列です。

07. 南宮大社例大祭REITAISAI

国指定重要無形民俗文化財
垂井町府中に鎮座される、御旅神社へ神輿三基の神幸祭が行われます。途中の祭礼場では、高さ13m、周囲20mの蛇山と称する櫓の頂上で、「ドンドコドンコ」のお囃子に合わせて勢いよく蛇頭が上下左右にゆり動かし、口を開閉させます。また、蛇山の前に連結された車楽(だんじり)では、その年に選ばれた男児4人が、各々の囃子唄に合わせて、還幸舞(かんこうのまい)を演舞します。

08. 美濃路~中山道MINOJI-NAKASENDO

美濃路は中山道の垂井宿と、東海道の熱田宿を結ぶ5街道に次ぐ重要な脇街道で、地域にとっての生活道でもありました。追分・綾戸間に残る松並木は、当時の面影を残す美濃路唯一のもので、今も保存会などにより、松並木の保存活動が行われています。
美濃路と中山道の追分から、相川橋を渡ると東の見附に入ります。そこから西に約800mが垂井宿です。垂井宿には土蔵造りに格子が残る「旧旅籠亀屋」、平成終盤まで営業されていた、大名が泊まった由緒ある「旧旅籠亀丸屋」、松尾芭蕉が冬籠りして句を詠んだ本龍寺の「時雨庵」など当時の面影を残す建造物が多くあります。令和元年には高札場も復元されるなど、垂井宿の歴史と文化が守られています。
また、一里塚(南側一基)が残っており、中山道内で現存するのは2か所しかなく、国指定の史跡になっています。

09. 南宮大社NANGU SHRINE

金山彦命を主祭神に、旧国弊大社で美濃国一の宮として、また全国の鉱山、金属業の総本宮として、今も深い崇敬を集めています。
社伝では現在の社殿は神武天皇の御代に創建され、慶長5年(1600)の関ヶ原合戦で社殿のすべてを焼失。寛永19年(1642)、三代将軍徳川家光が再建しました。
広い境内には本殿、拝殿、楼門など、朱塗りの華麗な姿を並べ、江戸時代の神社様式の代表的な建築物18棟が、国の重要文化財に指定されています.年間を通じ大小50余の祭典が行われます。

10. モリアオガエルMORIAOGAERU

県指定天然記念物 一箇所
モリアオガエルは繁殖期になると、池畔に張り出した灌木樹枝上に点々と白色泡袋状の卵塊を巧みにうみつけ、孵化後はここから水中に落ちて変態するという習性を持つことで有名です。垂井町宮代の真禅院の東南約200m、大谷川沿いの道から数10m登った小山の中腹に通称「長池」と呼ばれる溜め池があり古くから本種の生息地として知られています。
また、垂井町大滝地内にも群生地があり、地元の人により大切に守られています。

11. 盆踊りBONODORI

垂井町には、2つの踊りの会があります。
一つは、垂井音頭などの盆踊りを中心に活動する、「垂井音頭振興会」。もう一つは、垂井町が誇る、軍師竹中半兵衛重治公を顕彰する踊り、「半兵衛音頭」を中心に活動する「半兵衛音頭振興会」。
両振興会は、垂井町内で実施されるイベント時はもちろんのこと、町外イベントへの出演や、地域の小学生への踊りの継承活動も精力的に行われています。

12. グルマンヴィタルGURUMAN VITAL

垂井といえばグルマン、と言われるほど県外からも多くのお客が訪れるパン屋さん。垂井が本店で、愛知県にも3店舗展開されています。
垂井店は「パンの森」とも言い、広大なパンの森には、バラエティーに富んだラインナップを誇るベーカリーショプ「グルマンヴィタル垂井本店」を中心に、ゆったりと食事やスウィーツを楽しめる「カフェベルウッド」、業務用のパンを中心に製造する「マルセパンファクトリー」、天然酵母と素材にこだわる石窯パンを製造する「ヴィタル 丘の上のパン工房」、イベントや会合など様々な用途で利用できる多目的貸しスペース「良庵」、こだわりのパンを販売したりパン教室を開催する「石窯パン工房アトリエ」、季節の野菜や果物を完全無農薬で栽培する「グルマンファーム」があり、わくわくするパン屋さんです。
垂井ブランド認証品でもある、「南宮の森」(カンパーニュ)もおすすめです。

13. 慈鶏園JIKEIEN

垂井の北部の山間にある養鶏場です。目の前には、直売所が隣接し、新鮮な卵を販売しています。垂井町北部の山間の自然の中で、オスもメスも一緒に地面を自由に動きまわることができる放し飼いの「平飼い」という飼育方法を取り入れているため、鶏たちは、黄身の盛り上がった、濃厚でとても美味しい卵を産みます。
慈鶏園の卵は、濃厚で栄養満点であるため、町内の飲食店にも多く使われています。

14. 御田植神事OTAUESHINJI

国指定重要無形民俗文化財
境内に斉田を仮設し、早乙女(さおとめ)と呼ばれる少女(3才~5才位)21人が、手甲・脚絆・襷・前掛姿で、金の雄蝶、銀の雌蝶の折り紙を髪につけ、お囃子の太鼓、笛、鼓の田植歌に合わせて、松葉を苗に見立てて植え付ける五穀豊穣を願う神事です。

15. みつばち村 春日養蜂場KASUGA APIARY

「自然のままのはちみつを生産しお届けする」を理念に、ミツバチと自然に感謝し全力で養蜂を行っている、春日養蜂場さん。
50年以上も垂井の地で養蜂を営まれているのは、伊吹山から池田山にかけての伊吹山系の豊かな自然があるからです。蜜源となる花が4月から7月にかけて、さまざまに咲き変わる場所が全国的にみてもとても珍しい地域である垂井町であるからこそ続けてみえました。
はちみつは、蜜源の花によって味・色が違うため、風味の違う好みのはちみつを味わうことができます。
垂井ブランド認証品の「伊吹百草密」は垂井のお土産として最適です。

16. 弓道KYUDO

弓矢は狩猟採集の時代より使われており、その後、鎌倉時代に武士の間で弓術として盛んに修練されるようになりました。しかし、鉄砲の伝来により武器としての役割を終えると、武芸十八番の第一番目として発展し、現在の『弓道(求道)』へと繋がってきました。
垂井町における弓道は、昭和40年に開催された岐阜国体において、弓道競技を誘致したことに始まります。
また、不破中学校弓道部は、昭和50年代後半、当時の教諭に弓道経験者がおられ、町からの依頼により弓道部を設立したのを始まりとしています。不破中弓道部は、岐阜県内の中学校で唯一、部活動として活動している団体として、40年余りの長い歴史を持つ部活です。
現在では、1年生から3年生まで合わせると、50名を超える部員が在籍し、平日は中学校の中庭において巻藁に向かい、また、土日等は美濃の国の一宮である南宮大社の弓道場をお借りして的に向かい、元気に楽しく、日々「心」と「身体」と「技」の修練に励んでいます。

17. スポーツチャンバラSPORTS CHANBARA

スポーツチャンバラ(略して「スポチャン」)は、チューブに空気を入れた柔らかい「エアーソフト剣」を使い、顔には「防具」をつけ、縦横9mのコート内で、3分間1本勝負で戦います。剣で先に相手を打突すると勝ちとなります。勝負を競うと同時に自分の身を護ることが大切なので、「相打ち」は両者とも負けとなります。試合は4人の審判員が判定しますが、相手の剣が当たった時に「打たれました」と自己申告することもあり、負けを素直に認め合う武士道のフェアープレイ精神を尊重します。また、エアーソフト剣は「得物」といい、「短刀(45cm)」、「小太刀(60cm)」、「長剣(1m)」、「槍(2m)」、「棒(2m)」などがあります。得物を持った「構え」や服装も自由です。また、転がったり回転しても相手を打てば1本。攻撃、防御は競技者の工夫次第なのです。さらに、戦い方には、1対1で戦う「対戦」や大勢で一斉に戦う「合戦」もあります。同じ得物同士や、槍対二刀(小太刀と長剣)のように違う得物で戦うこともできます。誰もが安全にチャンバラのおもしろさを味わい、武術の奥深さに気付いていきます。2012年岐阜国体デモスポ行事では垂井町で大会が行われました。
※岐阜県スポーツチャンバラ協会 会長 臼井澄史(TEL.090-1419-2692)

18. 祭囃子MATSURI BAYASHI

垂井曳やままつりは、絢爛豪華な三輌の曳やまと舞台で子ども歌舞伎が演じられ、祭礼絵巻が繰り広げられます。曳やま巡行に欠かせられないお囃子は垂井祭囃子保存会が担当し、旧中山道垂井宿通りに力強い、凛凛とした祭囃子が鳴り響きます。
保存会により演奏される曲は5曲あり、その中に「登りやま」と「下りやま」の曲目があります。「登りやま」は曳やまが氏神様である八重垣神社へ巡行(登る)時、「下りやま」はそれ以外の巡行時に奏でるお囃子です。
地元の垂井小学校5・6年生の児童は、リコーダーで一生懸命練習したこの2曲を祭りの本楽日(5月3日)に子ども歌舞伎の芸児の練り込みに合わせパレード演奏します。
子供たちは祭りを誇りとし、18歳以上からは青年として祭りを支え、大人になっても祭りに関わりながら伝統文化を引き継いでいきます。
垂井祭囃子保存会は祭りを支える一団体とし、年間を通じて地域イベント・施設慰問等の活動をしています。

19. キジKIJI

垂井町の約6割は山林です。その豊かな自然の中で、様々な動物や植物が生息しています。
トラックに描かれている「キジ」もその一つです。キジは、日本の国鳥で、山地から平地の林、農耕地、河川敷などの草地に生息しています。垂井の北部地域では、よくキジが農地を飛び回る姿を見かけます。
また、自然豊かな垂井町なので、鹿や猿、タヌキやキツネなどもよく散歩しているため、町内の道路沿いには、鹿の絵が描かれた「動物注意」の標識が立つほど。
お車で垂井へお越しの際は、動物には充分注意してくださいね。

20. 大石の立火OISHI TATEBI

江戸時代、大石地区ではしばしば火事に見舞われ、それを鎮めるため、天保年間に神への奉納としての花火が行われるようになりました。県内では昔から「西濃の花火に東濃の芝居」と言われ、大石地区では仕掛け花火に特色があり、その種類と火薬の調合は門外不出の伝承芸能として重要なものとなっていきました。
さまざまな理由から、昭和に一度終わりを迎えましたが、平成26年に復活し、現在は多種あった仕掛け花火の一つ「立火」が行われています。立火棚から3.5mの竹竿を差し出し、その先に取り付けられた60cmほどの竹筒から火花が5~6mも噴き上がり、非常に美しく迫力があります。
「大石の立火」は毎年10月中旬に、大石地区の秋葉神社境内にて行われます。

21. タノサイクル 田内さんTANOCYCLE

JRや国道が町の中心を通りつつも自然に囲まれ住みやすい垂井の環境が気に入り、東日本大震災をきっかけに垂井へ移住された田内さん。
自転車店「タノサイクル」を経営しながら、垂井町を中心にサイクリングも楽しんでいる。豊富な知識と技術が評判となり、特に通学自転車では西濃以外からも需要がある。また、スポーツ自転車の分野ではレースメカニックとしての定評があり東京や大阪などからも競技者が来店されるほど。
そんな田内さんがお薦めする垂井のサイクリングスポットは「明神湖」。高台にある明神湖は垂井町を一望できる絶景の場所です。湖を囲む道の長さは約2.5㎞、四季折々の自然を感じながらサイクリングを楽しむことができます。

22. 垂井町商店応援プロジェクトRESTAURANT SUPPORT PROJECT

垂井町で活躍する事業者の活性化のため立ち上げたプロジェクト。垂井町内の飲食店を紹介しています。

23. ナニワ企業 吉田社長PRESIDENT YOSHIDA

今回、PRトラックを制作するため、10tトラックを2台提供していただいた、ナニワ企業株式会社の代表取締役 吉田芳明さんです。
全国を走るPRトラック2台のうち、1台はナニワ企業株式会社さん自身が制作してくださいました。
創業は昭和30年3月、尼崎にて個人で運送営業を開始したのが始まりで、昭和41年7月に現在のナニワ企業株式会社が設立されました。物流拠点を関西は尼崎(兵庫)、中部は垂井(岐阜)、関東は土浦(茨城)に置き、「お客様のお役に立ちたい」という理念のもと、より効率的で、コストパフォーマンスの良い、安心安全な物流をご提供するため、日々頑張ってみえます。
このPRトラックを見たい!撮影したい!という方、お気軽にお電話ください。
ナニワ企業株式会社 電話 0584-23-1031

24. ハリヨHARIYO

湧水池や、これを水源とする小河川など、水温が20℃以下で、流れがゆるやかで、底質が泥や砂であり、水草が繁茂する場所に生息する魚で、国内では、岐阜県と滋賀県に生息しています。
また、県内でも大垣市周辺の市町のみで、垂井町内では、表佐地区に生息しています。
全長6cmで背鰭に独立した棘を3本、腹鰭に1対の長い棘をもち、岐阜県産と滋賀県産では体サイズ、鱗板列の発達の程度、婚姻色などに違いがあります。水温20℃を超えると生息できないため、清浄な冷水地が必要です。近年は、湧水の枯渇や、無配慮な改修工事により生息地が減少の一途をたどっているため、積極的な保全対策が必要になっています。

25. 竜子舞RYUSHIMAI

南宮大社例大祭の還幸舞のひとつで、鞨鼓舞と脱下舞を舞った4人の舞です。木彫りの竜頭を被り、茶色の筒袖に、裁付袴を着けて舞います。舞の後半でお囃子が急な調子にかわり、舞も早くなります、4人の竜子は楽車の柱を激しく揺り動かします。それに呼応して蛇山の蛇頭も激しく舞います。

26. ブレッドガーデンナカタケBREAD GARDEN NAKATAKE

駐車場から伊吹山がきれいにみえる、自然が素敵な垂井町綾戸にあるパン屋さん。『垂井ブランド』の認定を受けている『こうちゃん家の地産玄米粉入り食パン』は低農薬で栽培されたお米が入っており、小麦粉・米油も100%国内産です。玄米の栄養も逃がさない香ばしい食パンです。

27. 平塚為広HIRATSUKA TAMEHIRO

1600年に美濃・垂井城主として12000石の大名となる。同年の関ヶ原の戦い直前、徳川家康に対して挙兵しようとする三成を大谷吉継と共に佐和山城にて諫言したが聞き入れられず、西軍に与することとなった。死ぬ前に吉継に辞世の歌「名のために捨つる命は惜しからじ つひにとまらぬ浮世と思へば」を送っている。吉継の返歌は、「ちぎりあらば六の巷にまてしばし おくれ先立つ事はありとも」

垂井町のことOUR TOWN

垂井町は、岐阜県の南西部に位置し、東は大垣市、西は関ケ原町、南は養老町、大垣市(旧上石津町)、北は池田町、揖斐川町(旧春日村)に接しています。町域の6割を山林が占め、残りの4割が平坦地となっており、町の中央部には揖斐川水系の相川が流れています。
気候は、夏は高温多湿で、日最高気温が30度を超えることが多く、冬には「伊吹おろし」と呼ばれる西風が吹き、「しぐれ」などがあります。また、平均気温は14~15度で、梅雨時期にあたる6~7月と台風の影響を受けます。
9月頃は降水量が多く、年平均降水量は2,000㎜前後となっています。

垂井町の風景
垂井町の地図

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垂井町役場 産業課 商工観光係